HEAVYDRUNKER
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◇月の井戸
ひかり町ガイドブックより:
【夜景】
『井戸灯籠』
ひかり町で一番古い井戸。月見灯籠を模したちいさな建物の中にある。水はわずかに光を含んでいる。夜になるといっそう明るく輝き、鏡張りの灯籠内部は青白い光に満たされる。月見の井戸とも呼ばれる。
現在は封鎖され、水を汲むことはできないが、夜に訪れれば、神秘的な光を目にすることができる。
【ものがたり】
『月の井戸』
ホタルの木からすこし山の手、住宅街の細い道を抜けていくと、家々の間に隠れるように、小さな建物がある。吊り灯籠をそのまま大きくしたような建物には戸口がなく、代わりに四方の壁がうさぎの形にくりぬかれている。
壁と天井は鏡張り、床は白い土がむき出しのままで、真ん中に、今はもう使われていない井戸がある。
落下事故などが起きないように、13枚にもわたる特殊金属の金網が30センチおきに張られているが、その幾重にも重なった網目の隙間からは、いまも水面の揺らめきを確認することができる。
井戸は深い。どこまでも深い。この井戸に落ちたものは二度と浮かばないとも、忘れた頃に無尽が池にひょっこり浮かぶとも言われる。
昼には暗い水の底にスパンコールを散りばめたような無数の煌めきが蠢き、夜には、水全体が真昼の海のような美しい碧に輝き、井戸を覆う小屋の中をまあるく照らす。地球の裏側まで突き抜けているのではと言う人もいる。
20年ほど前にある学者が、深さを測ろうと試みたが、井戸の水にはなぜか水圧もなければ浮力もなく、深度計をくくりつけたロープはなんの手応えもないままただするすると沈んでいくのみだった。
ある人形師は人形に使う神経繊維をを数万メートル分も撚りあわせ繋ぎあわせ、その先に自らの義眼を繋いで、同じように井戸に投げ込んだ。
やはり深さは解らずじまいだったが、その時に見えた光景は人形師の頭のメモリィにきちんと仕舞いこまれ、それを引き継ぐ者だけが、世界の秘密の末端をそっと覗き見ることが出来る。
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【ものがたり】
『ある自動人形師の最後』
すぎやまあつしさん(ひかり町ガイドブック掲載)
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