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冷気

 104号室のカーテンを開けるとそこに、眠った猫のぬいぐるみがあった。先週入ったばかりの少女のものだ。親を亡くした子供は、こういったものに依存することが多い。
 拾い上げてその手触りに驚いた。まるで本物のようだ。本体は硬く、猫に比べれば遙かに軽いが、細部までとてもよくできている。
 いや。
 唐突に本能がそれを否定した。
 違う。本物だ。本物の猫だ。
 私は思わず猫をベッドの上に放り出した。
 剥製ではない。もっとカラカラに乾いた、たとえばミイラや、フリーズドライのような。
「それね、私が作ったの。かわいいでしょう」
 振りかえると、いつ入ってきたのか、少女は無邪気に私を見上げていた。手のひらの中になにかを隠している。
「私ね、上手にできるのよ。お兄ちゃんより上手なの」
「お兄ちゃん?」
 子供が施設に来る理由は様々だ。この子の兄、確か両親と一緒に亡くなっている、その死因は。
 ぞくりと、冷たいものが背中を下った。
 凍死ではなかったか?
「先生も、見たい?」
 そっと広げた手のひらには、眠った雀。
 叫びは喉の奥で凍り付いた。板張りの床に、白い霜が音をたてて這い広がる。
 冷気が部屋の中を満たしていく。


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2006.12.08 | Comments(0) | Trackback(-) | 500文字の心臓

夜夜中

 世界はどこまでも澄んでいるのに、上等のモノクロ写真のような色味しか持たず、彼女の手にしたそれが、ロープなのか死んだ蛇なのかここからではうかがい知れない。
 誰もかもが眠りにつく時間、彼女と彼女の犬は、ほとんど物音を立てることなく、ゆっくりと家の前の道を通り過ぎる。
 私は雨戸の隙間から、私の犬を庭に放つ。気の荒い私の犬は、まっすぐに彼女たちの方へ向かい、けれど決して吠えようとしない。
 彼女はほんの少し首をかしげて、向かい合う犬たちを眺め、それから、ちらりと私のいる窓を見る。彼女の整った、どこか少年的な容貌は、昼日中にすら、近所の若い主婦たちの視線を攫っているのだけれど。
 胸の抉られるような動揺に、私は必死に息を殺す。
 見えているはずがない。私は雨戸の陰、電気すらつけていない暗い部屋にいるのだから。けれどかすかに微笑みを浮かべた彼女の黒い瞳は、いつも正確に私を貫く。
 犬たちが会話を終えると、彼女はまたゆっくりと歩き出し、それきり振りかえることはない。手にしていた何かは、いつの間にか消えている。
 帰ってきた私の犬を抱きしめる。
 夫には、言えない。私は怯えているけれど、これは恐怖ではないからだ。


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2006.12.08 | Comments(0) | Trackback(-) | 超短篇

夜夜中

母様は寝室で、昼間拾った猫と遊んでいる。
父様と執事は小間使いを集め、色んな躾の真っ最中。
下働きの少年は台所、料理人のこぼしたヴァニラソースを必死に舐めとっている。
僕は勉強部屋に戻り、冷め切った闇色のコーヒーにミルクを注いだ。
隣の部屋ではねえやが、僕が眠れないと泣きつくのを、いまかいまかと待っている。


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2006.12.08 | Comments(0) | Trackback(-) | 500文字の心臓

化石村

 妹は毎晩、岩壁を覆う垂れ幕をめくってエリィの爪に触れ、おやすみの挨拶をする。エリィの鋭い爪は、薄闇の中、虹を砕いて封じたような、不思議な七色に光る。
 エリィは森の中に住んでいる。森の木々は白く硬く、岩の奥、どこまでも続いている。
 森をすっかり見渡せるよう、家の天井はとても高いが、普段はエリィも白い森もなにもかも全部、幕の向こう。
 村の人々は皆そんな風に、大事な家族を隠している。
 
 横になった妹は、飽きず指先を眺める。半透明の薄紅色。
 エリィみたいな虹色がよかったのに
 寝返りをうつと、髪がしゃり、ときれいな音をたてる。
 気に入ってるくせに
 そう言うと、照れたように、ふふ、と笑った。

 きっとあまりに長く岩の傍に住みすぎたのだ。もはや誰もそれを、怖いとも不思議だとも感じていなかった。
 白い森はゆっくりと広がっている。村はもうほとんど飲み込まれた。人も動物も、ただ静かに石に還る。

 おやすみサラ
 不意に目が疼いて、僕は俯いた。耳の奥で、小さくひびのはしる音。
 妹は、おやすみ、と僕を見て、小さく声を上げる。
 兄さん
 瞳の破片は涙と一緒にこぼれ落ち、乾いた地面の上、粉々に砕け散った。


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2006.12.08 | Comments(0) | Trackback(-) | 500文字の心臓

グッドニュース・バッドニュース

 不老不死の薬を完成させた男がいた。素晴らしい発明だった。
 材料は、そんな薬ではお決まりの、新鮮な人間だったが、そんな些細なことを気にする客などいない。
 男はせっせと仕事に励み、客たちはせっせと事件をもみ消した。

 しかしあまりに熱心に働きすぎたのだ。

 ようやく時間の取れたある日、男は久しぶりにデートに出かけた。
 公園のベンチで向かい合い、恋人がうっとりと目を閉じたその時。
 男の手はナイフを取り出し、彼女の首を切り裂いていた。もはや意識を越えた職人技であった。
 昼日中のできごと、目撃者が多すぎて、とうとう始末が間に合わず、たくさんの材料と、それよりたくさんの警官に囲まれ、男はため息をついた。
 もったいない。
 こんなことなら彼女を飲めばよかった。
 男が自分用に作った薬の材料は、生なら口も付けたくない、くたびれた中年男だったのだ。

 まもなく男は死刑になったが、なにしろ不死だ。絞首くらいで死にはしない。
 首が折れ、血流を断たれていた脳みそは、少々その機能を欠いてしまったが、特に問題はない。
 男は不安定な頭を揺らしながら、今日もずるりぺたりと街を彷徨う。

 薬の売れ行きはすこぶる好調だ。


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2006.12.08 | Comments(0) | Trackback(-) | 超短篇

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