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這い回る蝶々

 舞い降りた蝶に、彼女は首をすくめ、朗らかな笑い声をあげた。
「昔から蝶に好かれるんです」
 甘い香りでもするのだろうか。白い首筋にとどまる蝶は美しかったが、まるでそこに口づけているようにも見え、ばからしいことに、私はかすかな嫉妬を覚えた。
 視線にそれが表れたのだろう。彼女は目を伏せ、手でそっと蝶を追い払った。
 
 義母が不調で、と告げれば、近所の人々は、彼女の不在を怪しみもしない。
 今日は隣のご主人が、退屈しのぎにと碁盤をもって現れ、二人して縁側に陣取った。
 いい天気だった。砂を入れ替えたばかりの庭は白く輝き、どこからか花の香りが漂ってくる。
 半刻ほど打っただろうか、不意に視界の隅を、ひらりと何かが横切った。
「おや」
 隣のご主人は手を止め、庭に目をやる。一匹、また一匹。
「すごいな、何事だろう」
 次々と砂地に舞い降りた蝶たちは、ゆらゆらと這い回り、やがて庭の片隅へと移動しはじめた。
 まるで彼女を引きずった痕跡を辿るかのように。
 
 手の平に降りてきた蝶をそっと握りこむ。はしゃいでいる隣のご主人も、じき何かに気付くだろう。
 妻は砂の下、今も甘い香りを放っているのだ。


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2007.05.07 | Comments(0) | Trackback(-) | 500文字の心臓

這い回る蝶々

 奇病のおかげで僕たちの羽は失われつつあり、代わりに蝶の羽をつけるのが流行っている。
「飛べるわけでもないのに」
 柊の梢で、誰かが捨てた蝶の羽をちぎりながら、ケイはせせら笑った。羽は珍しい銀色で、こぼれ落ちた欠片が、ちらちらと光りながら風に舞う。
「ばかみたいだ」
 そう言うケイの羽には生まれつき膜がなく、トンボのそれに似た骨組みだけが背を覆っている。空を透かすそれは、まるで精巧な細工物のようで、死骸からもがれた蝶の羽より遙かに美しい。
 見下ろせば、草の間、蝶の羽をつけた仲間たちが、風を受け不安定によろめきながら行き来する。不自然でもろい装飾。
 誰かが乱獲しているらしく、最近では、蝶の姿も著しく減った。
 僕は羽をふるわせ膝を抱えた。ケイが目を細め、大丈夫だよ、と言う。
「お前は大丈夫だ」
 迷いなく言い切るのその理由を、僕は多分わかっている。
 仲間の減った空は広く、心なしか風が冷たい。ケイは下の枝に飛び移ると、両手に抱えたものを眼下へ撒き散らした。
 幼い頃、毒だから触れては行けないと教えてくれた、その鱗粉を。


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2007.05.02 | Comments(0) | Trackback(-) | 超短篇

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