FC2ブログ

間に合わない

 最近まともに口をきいていない娘を、ちょっぴり驚かせようと思っただけなのだ。実験を重ね入念に仕上げ、時刻をセットしたのは昼休み。
 前もって残業を断り、妻にも早く帰ると告げ、準備は万端だった。
 帰り際にどうでもいい用で上司に呼び止められ、改札口では定期が行方不明、階段でつまずき脛を強打し数分悶絶、それでもまだ余裕はあったのだ。
 ところがようやく乗り込んだ特急は事故で急停車し、再び動き出したのは、刻限まであと5分を切ろうかという頃だった。
 まずい。
 私はそれが入った紙袋を抱きしめた。規則正しい秒針の響き。リセット機能などつけてない。このままでは大変なことになる。
 次の駅で、ドアが開くと同時にダッシュ。それしかない。
 袋をしっかりと抱え、ドアの前までにじり寄った。足踏みしながら、時計と景色を見比べる。
 電車が速度を落とし、ゆっくりと停車する。
 よし間に合う!と開きかけのドアにつっこんだ瞬間、それは、ぱん、と弾け、私はホームへ倒れ込んだ。誰かの悲鳴、飛び散る赤。
 目眩がした。
 娘の生まれた時間ぴったり。
 袋の裂け目からこぼれ落ち、ホームで、車内で、もりもりと膨れ溢れる赤い、花・花・花。


【続きを読む】
スポンサーサイト



2007.06.29 | Comments(0) | Trackback(-) | 500文字の心臓

«  | HOME |  »