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3丁目の女

 神社の裏戸から出て細い路地を抜け、突き当たりの石垣を登って薮を進むと、煤けた石壁と鉄の扉が現れる。扉の向こうは一面の雑草。様々に彩りを変えながら、裏山の裾まで続いている。
 その一角、ススキの群れに埋もれるようにその家はある。縁側の柱にもたれ、凛は煙管をふかしていた。着流した男物の着物の上に鮮やかな打ち掛け。
 本名は知らない。凛の話をする時、近所の大人は『あの3丁目の』と言う。
 訪れてなにをするわけでもない。ただ外を見て風に吹かれている。背丈を追い越した今でも、風にうねるススキは波のようだ。
 水底のようだった。背丈を遥かに越える鋭い草を、泳ぐようにかきわける。冷たい風と夕暮れの紺色が、小さな傷にちりちりと染みた。
『溺れたのかい』
 疲れ果て立ち止まった時、声は唐突に降ってきた。僕を見つめる暗緑の瞳。
 孤島のようなこの場所で、哀しみは時折思い出したように僕を襲う。切れ切れの噂を頭の中で繋げては散らす。僕と同じ色の瞳。凛はなにも聞かずなにも語らない。自分のことも、僕のことも。
「溺れないうちにお帰り」
 口にしかけた言葉を噛み潰す。低くかすれた凛の声は、いつだって優しく冷たい。

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2010.05.29 | Comments(0) | Trackback(-) | 500文字の心臓

3丁目の女

 綺麗な女だ、とその横顔に一瞬見惚れた。淡い緑のワンピースに白い靴。さらさらとした長い髪。その姿はほっそりとたおやかで、けれど彼女の腰には、複雑な意匠を凝らした銃が下げられていた。
 この町には、女ばかりの軍の基地がある。
 教官や庭師に至るまで全て女。毎週日曜の夕食は豆腐づくし。下着は全員カーキ色。階級によって携帯する銃が違うため、基地の住所とひっかけて、一人前のことを3丁目と呼ぶ。
 そんなトリビアは山ほど聞くのに、所属する女たちの経歴ひとつわからない、謎の組織。
 女はゆったりと歩きながら、年寄りに手を貸し迷子を保護し、キャッチセールスを微笑み一つで退散させる。やわらかに町に馴染んで、けれど誰とも親しく話すことはない。
 俺は屋台で買った花束を丁寧に整えた。薄桃のガーベラに白い小花が愛らしい。きっと彼女に似合うだろう。
「君」
 声を掛けた瞬間、熱いものが太股を貫いた。花束の陰に隠したナイフが、アスファルトに跳ねる。
「……酷い挨拶だ」
 銃を構え俺を見下ろす女の顔には、何の色もない。
 ああ、やっぱり綺麗な顔だ。人形の顔。
 つややかな瞳に、俺の歪んだ笑みだけが映っている。


***

 このネタの方が先に思い付いたが、締め切りまでにまとまらずに没。
 3丁目。銃と住所とついでに豆腐。
 最初は豆腐を食べるシーンがあった。その後色々削ったり練ったりしているうちに、微妙にシリアス仕立てになった。あれ?

2010.05.28 | Comments(0) | Trackback(-) | 超短篇

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