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黒い羊

 骨が見えるほどに抉れていた傷口は、姉の手の下で、みるみる塞がっていった。僕は喜んで駆けだしたけれど、僕を見つめた姉の顔が、哀しげに歪んでいたのをよく覚えている。

 狩りは唐突に始まり、それ以上に突然終わった。
 僕が駆け付けた時、姉はひとり、村はずれの牧草地に立っていた。
「――の」
 暗雲と茜の入り交じる、暗く美しい夕暮れ。姉の姿だけが、くりぬかれたように白い。
「群れのようだわ」
 膝丈ほどの草の間、それらはたしかに、眠っている家畜のように、静かに蹲っていた。
 焦げ臭い匂いが満ちていた。そこかしこに散らばる得物も、ほとんど原型を留めていない。落雷。けれどあまりに不自然で容赦のない惨状。姉の力でも治すことはできない。
 何かに魅入られた美しい女。
 彼らは考えてはいけなかったのだ。それが何であるかなど。

 口元に薄い笑みを浮かべたまま、姉は両手で顔を覆った。濡れて冷え切った姉の身体を抱きしめる。
「僕がいる」
 震える背を撫で、耳元で何度も囁く。

 僕だけ傍にいる。

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2008.12.03 | Comments(0) | Trackback(-) | 500文字の心臓

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